栄光のOB



活躍した嘗ての会員OBを思う・・・

第1回 梅原龍三郎 第2回 宇治山哲平 第3回 香月 泰男 第4回 小牧源太郎 第5回 須田 剋太 第6回 伊藤 廉
第7回 松田 正平 第8回 川口 軌外 第9回 里見勝蔵 第10回 庫田 叕 第11回 宮 芳平 第12回 久保 守



第4回 小牧 源太郎


民俗病理学(祈り) 162.1×130.3cm 1937年 京都市美術館所蔵

小牧源太郎先生のこと

 わが国におけるシュルレアリスムの草分けのひとりとして、小牧源太郎先生は、一部では著名でありますが、一般の美術愛好家には必ずしもよく知られているとは言えないと思われますので、簡単な紹介と思い出を少し記します。
 戦前の習学時代を経て、「夜」「民族系譜学」「民族病理学」「生誕譜」「多義図形」等のシュルレアリスム運動に欠くことのできない作品を次々に発表された【初期シュルレアリスム時代】、戦中の軍部の弾圧を避けるため、古美術、特に仏教美術研究に向かわれた【仏画的時代】、戦後になり、精神分析学のより一層の研究により、宗教現象の基盤が如何に土俗的なものに根差しているかの観点から、それらの民間信仰をテーマとした「稲荷図」「オシラ神図」「紗鶏」「道祖神図」「千人びな」「磔になった馬神」等の【民俗学的時代】、引き続き民間信仰的な、深層心理的なものを基底としながら、地球引力圏内における宇宙空間的なものへ、より多くの視点が向かう【宇宙空間的時代】と、画業の推移を先生自身が区分されています。
 また、作画描画の姿勢については、「造形面で日本美術史を使って比喩的に云うと、密教の貞観的幽晦な神秘性、厳粛性。桃山の豪華さと、その前面性。藤原の繊細優美。それらの肉付けの内に、上記の非合理性を根源的に迄突き進みたいと思念し、かつ努力しているのである。」と著作の中で論じておられます。画面構成、色彩、マチエールは独特のもので、堅牢で精緻に仕上げられた画面からは、マチエールの並々ならぬ工夫が見てとれ、作品の重要な特徴になっています。
 国展は毎年4月に審査があり8、9日投宿します。私も関西の先輩4名の先生方の仲間に入れて頂き、約10年同宿しました。美術館の作業が終わり夕刻より深夜まで話し込むことが楽しみの毎日で、その中心に常に小牧先生がおられました。広く深い知識と青年の如き情熱と好奇心、そして柔軟な感性を持って話されました。芸術は勿論、哲学、宗教、歴史から時事問題まで多岐に渡りましたが、特に体験に基づいた話は印象深く思い出されます。幼年期に8才で大人の身体になったという成育上の特異性や、妄想癖、空想癖。青年期の思想的遍歴が作家となってどのような作用があったのか。また、昭和の戦前、戦中から戦後にかけての前衛美術の推移、世の中の動向、そして作家の動きはどの様であったか。例えば、抽象とシュルレアリスムが前衛の二大潮流とされていたのに、1956年に開催された前衛美術展「世界・今日の美術展」でアンフォルメルの一大旋風が巻き起こり、シュルレアリスムが圏外にはじき飛ばされ、一夜にして前衛ではなくなった話等は興味の尽きないものでした。
私にとっては、毎年合宿でさながら集中講義を受けている様で、今にして思えば、「作家は如何にあるべきか・・・。」ということを、ご教示頂いていたのではと思っています。
国画会に所属したお陰で素晴らしい先生に出会い、充実した時を過ごせた幸運を感謝せずにはいられません。
また、「世界的な作家になれ。」と後輩にはよく言われました。これは何ら特別な言葉ではありませんが、戦前から前衛を走ってきた自負があり、長い歳月をかけ、非合理の美学についての深い思索と探究から、実体論的非合理性から一歩踏み込んだ根源的非合理性を提唱し、『これは一般に云うシュルレアリスムを越えたものであるかもしれない。(私のシュルレアリスムNo.2−1970年)』と自らの理論を導き出し、その思想を造形絵画化出来た希有の作家が言われた言葉としての重みがあります。
 今後、初期シュルレアリスム時代の美術史上における評価以上に、その後の、独自の世界を切り開かれた民俗学的時代から宇宙空間的時代の作品群が、研究者の解明により、より一層高い評価を受けられるものと信じております。

平成17年 夏       城 康夫(国画会会員)記


カリファ幻想No.13 194×167cm 1977年 伊丹市立美術館所蔵

 

略歴

1906

京都府に生まれる

1933

立命館大学卒業

1935

独立美術京都研究所入所

1937

独立美術展覧会初入選

1939

美術文化協会創立会員として参加

1948

東京精神分析学研究所京都府分室主任となる(‾'51まで)

1954

美術文化協会退会 アルファ芸術陣 結成同人となる(‾'55まで)

1957

「小牧源太郎展」京都市美術館 ブラジル渡航 サンパウロ近代美術館で個展

1958

ブラジルからイタリア、フランスを経て帰国

1961

国画会に会員として入会

1963

紺綬褒賞受賞

1977

京都市文化功労者となる。

1980

京都府美術工芸功労者となる。

1985

「小牧源太郎=その軌跡と展望=展」いわき近代美術館、鯖江商工会議所美術館

1987

画集「小牧源太郎・シュルレアリスムの実証《貌》」を」刊行

1988

第1回京都美術文化賞受賞 「小牧源太郎展〈非合理の美を求めて〉」伊丹市美術館

1989

京都市で死去(83才)

1991

「小牧源太郎デッサン展」伊丹市美術館

1996

「小牧源太郎遺作展ー増殖するイメージ」京都国立近代美術館


小牧源太郎作品所蔵主要美術館一覧(制作年度順)
制作年 題名 材質 寸法(縦×横cm) 所蔵

1937

油彩・キャンバス 112.0×130.5

福井県立美術館

1937

民族系譜学

145.5×112.1

京都市美術館

1937

民族病理学(祈り)

162.1×130.3

京都市美術館

1938

生誕譜No.1

53.0×72.7

板橋区立美術館

1939

この三つのもの《3点1組》

72.7×60.6
91.4×41.0
72.7×60.6

福井県立美術館

1940

多義図形

130.3×162.1

京都市美術館

1940

ラディオラリア

130.3×162.1

板橋区立美術館

1941 

積木と栗鼠

74.0×92.0

東京国立近代美術館

1943 

壁画(十一面観音図)

162.1×130.3

京都市美術館

1948 

狐神図(稲荷図No.4)

130.5×162.0

東京国立近代美術館

1949

オシラ神図(蚕神図)

130.3×162.1

国立国際美術館

1950 

道祖神NO.1

131.0×162.1

東京国立近代美術館

1950

紗鶏

130.0×112.0

伊丹市立美術館

1951

道祖神図No.4

162.1×130.3

京都市美術館

1952

坊さんかんざし

162.1×130.3

福岡市美術館

1953

花・シグナルNo.2

162.1×130.3

京都国立近代美術館

1954

千人びなNo.3

117.3×91.5

東京国立近代美術館

1955

ハヂチ・プリシャムリ(新興宗教